2026年1月22日〜2月2日のラオスタイ旅行記まとめ 熊本在住の還暦夫婦です。 初めての海外旅行は学生時代のインド(カルカッタ→デリー21日間)だった(1987年)。新婚旅行はジャマイカだった(1992年)。その後も当時の円高をいいことにバリ、バンコク、ボラカイ、香港、台北、タイ、南インド、ロンドン・パリ・イタリアと夫婦旅行を楽しんできた。 コロナ以降はなかなかそういうわけにもいかなくなってしまったけど、その分使い切れなかったマイルがどんどん消えていくという事態に。 貧乏性でマイルが消える前に使ってしまおうとあれこれ考えたけど、唐突に妻が「ラオスにはまだ行ってない」と言い出し、僕は「いったい何があるというのですか」とどこかで聞いたようなセリフで返したが、その答えを待つまでもなく計画は進み出した。 今回も一切を妻(自称ミコミコトラベル)にまかせっきりで、基本的に僕は口を出さない大名旅行なのである。 休みを取ってるわけではなく、ずっとリモート仕事をしながらなので余力がないのもある。 11泊13日の中期旅行でした。行った先を地図で確認するとこんな感じ↓ 現地の皆さんはもちろん、仕事や音楽関係、家族親族ご近所のみなさんのおかげでゆっくり旅することができました。ずいぶん長くなりましたが、このブログを楽しんでもらえたり、何かの参考になったら幸いです。 こちら動画版です(37分間) さあ次はどこへ行こう。 Index 2026年1月 ラオスタイ夫婦旅行記:目次 1/22: 熊本から福岡、バンコクを経てヴィエンチャンへ移動 1/23: ヴィエンチャン市内観光と、高速列車で行くルアンパバーン 1/24: ルアンパバーン市内散策、托鉢と伝統のラーマーヤナ観劇 1/25: エメラルドグリーンの秘境、クアンシーの滝ツアー 1/26: メコン川を遡る。スローボートで過ごす悠久の時間 1/27: パークベンからファイサーイへ。ボート旅2日目 1/28: ラオスからタイへ国境越え、チェンマイへの長いバス旅 ...
チェンマイ最後の朝だ。7時過ぎに起きて荷物をまとめ始める。最後の朝食はチェンマイに来て最初に食べた朝粥の店にもう一度行こうと歩きはじめた。今回はフィッシュを頼んでみた。朝からちょっとカロリー入れすぎかってくらいの満腹感に。帰路、一度は試してみようと考えていたトークセン(Tok Sen)の看板を見つけ、後で来てみようって事になった。 宿に戻り、荷物をまとめて公共スペースに置く。民泊だからフロントなんてのは元々存在しておらず鍵を暗証ボックスに戻すだけである。今回は移動も多かったしそこそこ年齢も重ねてきて体力も不安だからと極力荷物を減らしたことでかなり自由になれた。仕事でもない限りスーツケースをゴロゴロなんて旅はなるべくやりたくないのだ。でも他の国からの旅人を見るとたまに引っ越しか?くらいな勢いで荷物を携えてる人もいたりして面白い。あれにはいったい何が入ってるんだろう。その体力に完敗なのである。 もう一度宿を出るとだいぶ気温が上がっていた。さっき見つけたマッサージ店 Lavender Toksen Massage1 まで歩き、1人1時間450バーツのトークセンをお願いするとどこからともなくマイ木槌を持ったおじさんたちがやってきて僕らの背中をトントン叩いてくれることに。1時間のうち40分くらいは全身をくまなく4拍子で叩かれ、残りは身体を捻りあげるタイマッサージだった。僕はひたすら気持ちよくて夢見ごごちだったのだけど、後で聞くと隣の妻は痛くてヒィヒィ言ってたらしい。どうやらこのマッサージはリラックスしてると気持ち良いけど身構えて緊張すると痛みがあるらしい。 マッサージ店を出るともう正午をまわっていた。最後のランチは最初の夜に行った アルンライ に再訪しようって事になりまた歩きだす。1957年に開店したという老舗の食堂は少し高めのだけどどれも美味しく、またおばちゃんたちの笑顔が素敵でくつろげた。定番カオソーイ、ラープ、スティッキーライスとビールを頼んで涼しい店内で宴会である。店内を見渡すと父の弟がいた。 もちろん本人ではなくそっくりさんだけど、今回の旅はあちこち行く度に知り合いの顔を見つけるのである。そっくりさんだけど。基本的に同じ東アジア人だから当然だけど、その人がまとう雰囲気ってのは文化や生活レベルでかなり変わるはずなので、つまり今回旅しているところは僕が暮らしている日本と...