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1月, 2026の投稿を表示しています

2026/01/30チェンマイ3日目はエレファント・パークへ

朝7時にベランダに出たが肌寒いので部屋に戻りデスクのiPadでこの日記を書いたり。9時を回ると妻が起きてきたのでなぜかラジオ体操を一緒にする。ここ数日の流行なのだ。といってもほとんど忘れてるのでスマホでYouTube再生してそれみながら体操するのだ。さて今朝は近くで朝粥をってことになり、宿を出て大通りの道向かいにある SomPetch Kitchen というお店でお粥をオーダー。昨朝のとちょっと違って派手目な味かな。僕はボイルドライスというのにしたけどジョーク(お粥)の方が美味かったかも。 食後、たまには単独行動もよかろうってことで宿に戻った妻と別れて旧市街をぶらつくことに。といっても特に当てがあるわけでもなく旧市街をうろうろ散歩してるだけなんだけど。Geminiになんか面白いところない?と聞いたら楽器屋があるので覗いてみたら?という。そうだね、と少し歩いて Patr という楽器屋さんにいくが時間帯が早すぎるのか店番らしきおばちゃんがいるだけだった。ギターやアンプなどが並んでいるが見慣れないメーカーが多い。店の外のベンチに腰掛けてGeminiにそんなことを呟いてたら、どんなメーカーか写真を撮って送れという。店頭ガラスケースに収められた Maya というブランドのレスポールとベースの写真を送ると、これは古い日本製ですよって。 神戸の楽器店ロッコーマンが1970年代に販売していたブランドです、って君は物知りやなあ、と感心する。たしかにそんなブランドの広告を見た気がする。それにしてもなんでそれが21世紀のタイで売られてるんだろう。不思議だ。 気温も上がってきたのでそろそろ帰ろうと歩き始めたが、尿意を催したので昨日も入ったワットチェディアルンの敷地内にあるトイレへ。10バーツ(50円)の有料だった。有料トイレの良いところはしっかりと磨き上げてあることだ。そのうち日本にも有料トイレがあたりまえになるのだろうか。わからん。 さてお昼からは象が大好きな妻が予約している Pon Elephant Thailand への半日ツアー だ。12時半にバンがピックアップに来る約束なので少し早めに1階のセブンイレブン前で待つ。約束の5分前にトヨタの大型バンがやってきて中に迎えられる。ラオスのハイエースよりさらにデカくて豪華だ。名前と年齢、国籍を書いてねと回ってきたリストを見るとフランス人が多...

2026/01/29チェンマイ二日目は市内観光とナイトバザール

早寝しすぎて深夜に目が覚めてしまった。ここはチェンマイ、5泊の予定だ。この宿は24時間営業セブンイレブンのすぐ上(正確には隣の二階)なので深夜までうるさいかと思えばそういうわけではない。ただ街灯が眩しいかなってのはある。目を瞑ってしまえば気にならないけど。ふとPovoを確認したら14日間5GBの契約が残り1GBだった。昨日の移動リモート会議が効いたのか。あと実質4日間、節約すればギリギリ持つかな。足りなくなったら妻のTraveSIMからテザリングだな。すっかり目が覚めてしまったのでiPadで旅日記を書く。キーボードを持ってきてよかった。今回はMacBookを持ってこなかったけど、これで十分だ。 さて今日は朝からチェンマイ市内を観光する計画だ。まずは早朝7時半には宿を出て朝食に向けて歩き出す。肌寒いくらいの涼しさだけど昼頃には30度になるとのことで軽装で。道沿いの木に咲く花が美しい。それにしてもここも電線がすごいことになっている。ラオスも相当だったけどこちらは光ファイバーが足された感じ。チェンマイ市内の電線を集めて溶かせば軍艦くらいできてしまいそうだ  30分ほど歩いたところにある ジョークソムペット という有名店で朝粥を食べた。店員さんが簡単な日本語を話せるくらいメジャーな店らしいけど質素な作りでお粥も150円くらい。チキンのお粥に半熟卵を足したらすこぶる美味しかった。密な米粒がぎっしりでイギリスのポリッジみたいな見た目だけど味は断然こちらだ。途中でテーブル調味料の胡椒と醤油を足したら卵によく合って絶品だった。 食後はすぐ近くの ワット・チェン・マン を拝観。ルアンパバーンのような屋根だけど全体的に金ピカである。もちろん仏像も。金ピカの仏塔にど根性草が生えてたりして南国感がある。朝だというのに観光客が多い。中国人より欧米人が多いようだ。1300年前という水晶で作られた仏像は頑丈な檻の向こうに小さく置かれていてよく見えなかった。なんだかんだで1時間くらいゆっくりした。   そこからしばらく歩くと 三王記念像 が見えてきた。 チェンマイ文化芸術館 だ。入場料を払って館内に入るとチェンマイの歴史から現代までをいくつかの部屋で展示していた。Google翻訳を使って説明を見ながら勉強です。日本で言えば鎌倉時代くらいに開かれた都市のようだ。トイレは2...

2026/01/28ファイサーイからタイ入国、バスでチェンマイへ

ラオスとタイの国境にあるファイサーイで目を覚ます。妻も早起きしたようだ。近くの寺院に登るとメコン川が一望できるというのでカメラを持って朝散歩へ。日の出前でまだ暗い道をしばらく歩く。途中道を間違えて小山を一周近くしてしまい、きつい階段を上がることになったけどまたそれも楽しかった。 暗い寺院には数名の僧侶をのぞいて誰も見かけず静寂そのものだった。東の空からゆっくりと赤くなり対岸のタイにも豪華な寺院が並んでいる様子が見える。妻はここでもラジオ体操を踊り出す。 車道を下りしていくとさっきの道に出てファイサーイのメイン通りに戻った。歩道の外に托鉢の準備がなされていた。程なくしてさっきのお寺からオレンジ色の僧衣の托鉢僧たちが下りてきた。ルアンパバーンで見た大行列ではなく、せいぜい10人くらいの集団だ。供出する側も同じくらいの人数で、観光客らしき姿はない。ルアンパバーンとは異なり、僧侶が受け取ったカオニャオ(もち米)やお菓子類はカートに積んだりして大事に持ち帰っているようだ。そして受け取るたびにお礼なのだろうか1分ほどの祈りを捧げていく。美しい5度の和音になるその祈りは宗教というより芸術のようにも聞こえた。  宿に戻り、軽くパッキングした後、一階のレストランに上がると朝食サービスが始まっていた。昨夜は満室だったみたいだけど、部屋数が少ないから混雑はしてない。軽く焼いたバインミーを客が自らサンドイッチするシステムだ。道向かいの小学校を眺めながら涼しい朝食は最高だった。 昨夜はお米最高だなんて書いてたのにはやくも宗旨替えだ。早起きして異国の屋外で食べるんだから何だって美味しいというのが真実だろう。 部屋に戻って荷物をまとめ、9時にレストランに上がり、第4友好橋まで送ってくれる車を待つ。代金は二人で20万キープと宿泊代に匹敵するが、10km近く離れているのでそういうもんだろう。タクシーかと思いきやお店の主人?が自家用車で送ってくれるのであった。 宿を離れてしばらくしても道の両側に商店が並んでいたので、その前に泊まったパークベンに比べると大きな街なのだろう。少なともボート客だけを頼りに稼いでいるといった感じはない。どちらも落ち着いてていい感じだけど。 15分くらい走ると第4友好橋のたもとに建つ出国事務所だ。そこで下りて出国手続きを済ます。用紙に記入してパスポートを見せるだけで...

2026/01/27 パークベンからスローボートでファイサーイへ

目を覚ますと窓の外は霧で真っ白なメコン川だった。昨日からラオスからタイに向かってメコン川をスローボートで遡上している。ここは中継のパークベンの安宿だ。同室の妻は遅くまで起きてたみたいなので一人でカメラ散歩に出かけた。ひんやりする気温の坂道ではもう道路工事を始めた男たちや、庭で鶏を追いかける一家など元気いっぱいだ。昨夜はくらくて分からなかったけど、こうやって明るい朝に見てみるとまるで崖崩れの現場みたいな崖に宿がたくさん建てられたりしてて若干ビビる。このあたりは地震や大雨も多そうだけど。 船の時間に合わせてるのか、多くの店はもう開いている。昨夜行ったレストランも朝食を提供していた。桟橋に向けて下り坂になるあたりで見つけたお店で バインミー を一つ買う。3万キップ(220円)、目の前で作ってくれる。宿に戻ってひとくちかじるとすこぶる美味かった。ベトナムのフランスパン仕様と違ってもちもち食感だ。 荷物をまとめてロビーに行くともう桟橋行きのトゥクトゥクが待っていた。トラックの荷台に設えたベンチの最後部に座ると勢いよく加速し、道路の段差のたびにクルマから落ちそうになる。 あっという間に船着場。昨日とは違うボートに案内される。こちらは土禁らしく靴を入れるビニール袋が配られた。僕らは今日も後方席に陣取る。昨日と違って前後のスペースが小さくて息苦しいなあ、と思ったけど多分後ろのシートの客が足で蹴ったのだろう。車やら列車やらのシートを再利用した座席は床に紐で括られている程度で容易に前後するのだ。 二日目ともなるとペースがわかっているのかそれぞれのペースでゆっくり過ごせるもんだ。 あいかわらず携帯電波は届いたり切れたりだけど、タイに近づいたせいか昨日よりはマシな気もする。11時から仕事のリモート会議だったが、最初の1時間ほどは電波がなく参加できず。最後にちょっとだけ挨拶できたからいいか。えっラオス!?楽しんでくださーい、というのだけは確かに聞こえた(笑) その後退屈だったけど、ふとこの辺りはゴールデントライアングルと呼ばれた三角地帯だったことを思い出した。そうだ高野秀行氏の書いた アヘン王国潜入記 を読むしかない、とKindleを探すと文庫版が見つかった。しかもポイントが貯まってて無料だ。電波が回復した頃合いでダウンロードし、iPadで読み始める。15年ぶりくらいかもしれないけど、だ...

2026/01/26 ルアンパバーンからスローボート

昨夜は21時過ぎに就寝したので目覚めは良い。そろそろ托鉢ショータイムだけど今日はもういいかなと思いチェックアウトに向けて荷物をまとめることにした。これからしばらく船で移動だから諸々しっかり充電しとかないといけないし、Wi-Fiもないだろうから撮り溜めた写真をしっかりバックアップしておこう。7時にフロントへ行くと朝食の準備前だった。 スローボートはこのホテルのフロントで予約したのでちゃんと伝わっているみたいで、あとはお迎えが来るまでバナナとココア、クロワッサンを食べて待つばかり。船上ランチを確保できない事態に備えてこそっとパンを確保したりしてたら船着き場までの送迎トゥクトゥクがやってきた。 狭い荷台に合計10人の西洋人を満載して空港の先にある船着場へと向かう。風が肌寒い。いろんなホテルを回ってピックアップ。西洋人たちはやはりなかなかの長旅って感じで荷物もでかい。間違いなく僕らが年長だろうな。 船着場で切符をもらうと階段を降りてメコン川へ。全長30mくらいの木造船には飛行機やクルマのシートを再利用したと思われる座席が並んでいる。一応は指定席らしいのだけどそんなの無関係で座れそうなシートを確保し、荷物は後部に山積みだ。 ほどなくして船尾のディーゼルエンジンが発する爆音と振動を頼りにゆっくりとしたスピードで船は出発した。次の町、パークベンまでは直線距離で100kmほどだがそれを8時間かけて進む。屋根はあるけどほぼオープンエアのスローボートはメコンの水面スレスレをするすると遡上していく。程よい空気、程よい速度、世界中の客と地元の家族連れや青年たちが一つの船に乗って進むのだ。ああ僕はなんだか幸せな気分だ。 船内にはトイレも売店も揃ってる。長旅だ、ゆっくり過ごそうとiPadにキーボードを接続してここまでの旅日記を書き始める。 約1時間ほどで現在まで追いついた。舟は何度か接岸し客や荷物をおろしたりする。1月の乾季だからだろうけどなんて過ごしやすい空気なんだろう。 日本もそうだけど、先進国の人間は常に追い立てられないと生きていけない病に罹患してるのかもしれないと気づいた。働かないと、稼がないと、評価してもらわないと、生きていけません的な。本当はこの空気と水とカオニャオ(もち米)があれば、それだけで幸せになれるかもしれないのに。産業を興し、資本を蓄え、世界に負けない国家の一員として...